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台風台風(たいふう、颱風)は太平洋や南シナ海(赤道以北、東経180度以西100度以東)で発生する熱帯低気圧で、風速|最大風速(10分間平均)が34ノット (単位)|ノット (17.2m/s) 以上のものを指す。.wikilis{font-size:10px;color:#666666;}Quotat (more…)

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雨音を聴きながら

  • Posted by: Rainyblue
  • 2007-07-15 Sun 23:59:59
  • Essay
久しぶりに台風に遭遇した気がします。私の故郷、群馬県では台風は珍しい気象現象でした。群馬県は内陸部にあるので、台風が滅多に訪れないのです。台風が関東地方に上陸した場合でも、気持ち程度の雨風を私達にもたらすだけでした。

地元にいるとき、台風が来るとワクワクすると言う人が私の周りにいました。私はその言葉を聞いて、思わず共感してしまったのを覚えています。もちろん、台風による深刻な被害を被っている地域にお住まいの方々からすれば、失礼極まりない文言だということは重々承知しています。しかし、台風が来た時に感ずる、テーマパークのアトラクションに乗るような、あの不思議な高揚感は一体何なのでしょうか。

私の高校2年の時の担任教師も同じようなことを言っていました。恐らく、多くの群馬県民にとって台風は実感を伴わない気象現象なのだと思います。台風が群馬県を訪れたとしても、台風は自身のおこぼれ程度の風雨を降り撒き、やがては去っていくのみです。ドラえもんの道具に例えるならば、「ほどほどあらし」(てんとう虫コミックス第45巻「南海の大冒険」より)を使っているような気分です。群馬県は内陸部という地理的特性上、夏は暑く、冬は寒いですが、地震・台風・大雨・大雪といった大規模な自然現象とはほとんど無縁の地域です。したがって、台風のような、大規模な気象現象に遭遇すると、私のような一部の群馬県民は、一種のイベント的な錯覚を覚えるのです。

東京に来れば、海に近いということもあり、台風なる気象現象の実態を、この身をもって体感できるものと信じて疑いませんでした。しかし、今回の大型台風によって実感したのは、私の五感で感じ取った「台風」という気象現象の総情報量は、地元にいたときのそれをはるかに下回るものであった、ということです。

その理由は一体何なのでしょうか。今回の台風がもたらした風雨が、報道されていたよりも小規模だったからというのもあるでしょう。でも、もっと大きな理由があると私は確信しています。

それは、マンションという、鉄筋コンクリートによる集合住宅という構造の建物にあります。このマンションという、多数の人間をそれぞれの区画に箱詰めするという住装置は、我々日本人に、「四季」を感じさせることを阻害しているような気がします。(外部からの)音・風・水といった、不快な情報をできるだけ遮断してくれるマンションは、現代人にとって最適とはいかないまでも、安心できる空間かもしれません。事実私も、とりあえずライフラインが正常に機能してくれさえいれば、一日中部屋の中に引きこもっていたとしても、不快には感じません。

快・不快の別はともかくとして、季節、あるいは自然現象を感じることは、人間の心を豊かにするものと私は思っています。東京のこの地に引っ越してきてから、何度か雨が降りました。私が部屋の中にいる時にも、幾度となく雨は降ったことでしょう。しかし愕然としたのは、私の部屋の中に雨音がほとんど響いてこないということです。今日など、多少強い雨が降った時などは、「ビチャビチャ」という、パイプを伝ってきた雨水が垂れる不快な音が、とりわけ目立って聞こえてくるのみです。

部屋の中で雨音を聴くのは、私の至福のひと時です。私にとって雨音は、至高のノイズなのです。この美しいノイズを聴くことができたのも、私の実家が瓦葺の木造住宅であるからでしょう。私の実家は、安売りのマイホームではありますが、木造であり、屋根は地元、群馬県藤岡市の名産品である瓦を使用しています。瓦屋根かつ木造という建物の特性が、雨音を美しく響かせることに大きく貢献しているのです。こうしてもたらされる雨音は、音響室にいるような感覚を私に感じさせ、心地よい規則的なリズムを私に届けてくれます。

木造のボロアパートならともかく、なまじマンションという未体験の住居に住んでしまったがために、今まで当たり前だと思ってきたことが失われるような事態になったのです。ただし、私の今の住環境は学生1人が住むには十分な安全性・快適性であり、しかも家賃は両親が支払ってくれています。この恵まれた環境に対して声高に文句を申し上げるつもりはありません。

部屋の中に響き渡る雨音を心地よいと感じる人がどれだけいるのかは分かりませんが、なぜ私は雨音を心地よく感じるのでしょうか。よく、列車に乗っていると眠くなるのは、「ガタン・ゴトン」という列車が線路の継ぎ目を通る音の規則的なリズムが、母親の胎内にいたときの音に似ているから、と言う人がいます。私もその意見に賛成です。部屋の中に響き渡る雨音が私に心地よさや安心感をもたらすのは、きっと母親の胎内にいる時の、「音の記憶」を、私が本能的に感じ取っているからかもしれません。

これを音楽、とりわけロックミュージックに当てはめて考えてみることにします。雨音も列車の音も、あるいはエレキギターの音もドラムの音も、音単体ではどれも悪い意味でのノイズだといえます。しかし、これらが複合的に奏でる音は―特に環境が整った時には―私たちの気分の良い面に大きく作用します。ロックの音は、そのルーツをたどれば、母親の胎内の音にあるではないでしょうか。ロックミュージック、列車の音、そして雨音を一緒くたにして母親の胎内の音に結びつけてしまうのはいささか暴論な気もしますが、人々がロックであれ雨音であれ、そうした「音楽」を追い求めるのは、母親の胎内の音の記憶を呼び覚まそうとする潜在的な欲求が、関係しているような気がしないでもありません。

先週はテストが重なり、さらにバンドを組んでくれそうな人とアポイントメントが取れず、結局前期定例ライブのバンドが組めなかったことにひどく落ち込んでいました。さらには、そのことが自分はサークルに未だ馴染めていないのではないかという強迫観念を私に感じさせ、精神面の不調が続きました。しかし、周りの印象はどうあれ、私はネガティブな人間などでは決してなく、元来楽天的でのんきな人間なのです。

もういくつ寝ると、夏休みです。あと数週間で初めて故郷に帰るわけですが、晴れやかな顔で帰りたいものです。

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