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春うららららぁ

  • Posted by: Rainyblue
  • 2009-04-16 Thu 02:03:20
  • Essay
今日はお休み。春眠暁をかろうじて覚え、自転車を漕いで武蔵関周辺をかっ飛ばします。暖かくなってきたといっても、夏みたいなジメジメした暑さには程遠い、TシャツにGジャンくらいがちょうどいい季節。ペダルを漕ぐたびに全身を包み込む心地よい向かい風。春の足音は、私たちの目の前を今まさに通り過ぎ、やがて遠ざかっていくのでしょう。

暑いよりは寒い方が好きだけど、こういう季節も悪くない、そう思っていた矢先、そこに現れたのは行く手を阻む強烈な向かい風。どうやら気分屋の風が急にご機嫌を損ねたらしい。仕方なくUターン地点をもう少し手前にし、昼飯を調達するだけにして足早に部屋まで戻ることにしました。

話は変わってサークルの話。今年は新入生が続々と入ってきました。友人と運営している「裏庭の混沌と創造」なるサークルが『Milestone Express』と『ワセクラ』というサークル発行の学生情報誌に掲載されていますので、ご興味のある方はぜひ。音楽と地理の2部門が共存しているという怪しい名前に違わぬサークルですが、音楽部門の方は実質私ひとりで新歓を担当しています。もうかれこれ私の携帯に10人くらいから問い合わせが来ていて、このくらいの数でも結構テンパってしまうもんです。

地理部門の方も盛況で、早稲田大学戸山カフェテリアで行われた説明会には10人近くの人が来てくれました。地理に潜在的な需要があるという友人の言葉は本当だったんだなって実感しています。音楽部門の方はリスナーをメインに、みんなでライブに行くサークルにするつもりです。当面の目標はフジロックに行くこと。まあひとりでも行けないことはないけど、わざわざ苗場の山奥に行くんだから人数が多いに越したことはないってことで。ところで来週の木曜日、23日に新宿は歌舞伎町にある「天空の街 新宿アジア横丁」というエスニックな屋台街で新歓コンパをします。どなたでも参加できますので、来てくれるという方は私までメールを。

絵画会の方も新入生が続々と入って来て、今年はどうやら男子が多くなりそうな気配。こういうときに後輩とどう接していいか分からなくて、(活動している)部屋の入口で委縮してしまい、いつも「こんにちはぁ」と声をかけるところを押し黙ってしまったり。デッサンの指導でもできればいいけど残念ながら自己流の域を出ない私はデッサンの描き方もうまく説明できない始末。彼(彼女)らと接していて、なんとなーく出遅れていやしないかと心配になります。毎回顔を出しても、存在そのものが空気だったら意味ないし。慕われたい。頼られたい。よき先輩になるためにはどうしたらいいのでしょうか。

私は何故か後輩に恵まれないことが多くて、中学校で美術部の部長を務めたとき、勧誘に力を注いだのにも関わらず入ってくれたのは女の子たったひとり(例年10~20人は入っていたのに)。高校でスキー部の部長だったときは、とうとう新入部員0人になってしまい廃部の危機に(まあもともと3人しかいなかったけど)。そして大学では、今続けているサークルはすべて2年からの参加。だから私にとって久々に「後輩」とめぐり会えるチャンスになります。

最近話のネタにされるのが、毎年頻繁に新入生に間違われること。もうかれこれ間違われること約30回。早稲田だけじゃなくって、新歓のミーティングで一橋大学を訪れた時も2、3回声を掛けられました。友人と3人で並んで歩いていたのに明らかに私の方に寄ってくるんだもん、たまったものじゃないですよ。

そうそう、2年生のときは私に食ってかかる奴がいて、

 勧誘者「新入生の方ですか?」
 私「いえ、違います」
 勧誘者「そんなことないでしょう~(笑)」
 私「…(無視して通り過ぎる)」

そんなこと言われたって、新入生じゃないんだからしょうがない。毎度のことながら新入生と間違われてもこちらとしては何の嬉しいこともなくて、馬鹿にされた気がして正直イライラするだけです。お揃いのユニフォームなんか着ちゃって名簿持ってるそこのテニサー、俺もお前らと同類だってのに。そして今年もそれは変わらず。私の何がいけないのか分からないけど、明らかにビラを配っているのに声を掛けられるのはどうしたものか。

いつの年にも変なのがいて、この間は「新入生の方ですよ”ね”?」と断定形で話しかけてくる輩が。思わず「違うっつってんだろ!!」と言ってやりたくなりましたが、そん時は度胸の持ち合わせが足りなかったみたいです。でも私短気じゃないんでどうやったって飲み込んでしまうんだろうな。

思わず文章に毒っ気が混ざっちゃったので、話題を変えます。

「一年目の手紙」をトライ。「脳内メーカー」の次はこういうのが流行ってるんでしょうか。ニュースサイトで取り上げられていたので、まあ遊び半分で。

http://tegami.hanihoh.com/

「※胸くそ悪い手紙が届く可能性があります。ご了承ください。」と書いてあったけど、本当にそんな手紙が来るとは。こういう類の診断って、心理学的にはその診断結果が自分と違っていても、「そうかもしれない」と思ってしまうらしい。例えば血液型性格診断でA型、B型、O型、AB型それぞれの人に全く同じ診断結果を手渡してみたら、「自分に当てはまる」と答えた人の率は各血液型でほぼ同じだったとか。要は血液型に限らず占いって一種の統計学なので、肯定も否定もしにくいんですよね。私は占いやら性格診断を頭ごなしに100%否定したりしないので、お好きな人はどうぞって感じなんだけど、ついやってみたくなる気持ち、分からないでもなかったりします。

その手紙に書いてあってなんか笑っちゃったのが、

 >P.S.私以外には「一発ギャグの魔術師」って名乗ってないらしいね。

なにこれ、内弁慶ってこと? あるいはいわゆるツンデレ? 残念ながらツンデレは好きだけど私はツンデレじゃありません。

それで、診断結果の一部を抜粋。

 >【こんな問題ありませんか?】
 >◆「冷たい男や悪い男のほうがモテるんだろうか…」などと思ったことがある。
 >◆好きな人ができると、自然な自分を見失う。「頼れる居場所」を用意できない。
 >◆付き合ったり好きな人ができると、自分に疲れる。


まず、一番上は断じてないって。悪い男はともかく(中学校のヤンキー的な意味だったら)、冷たい男がモテるんだったら苦労はない気がします。2、3番目はまあ…あるかもしれない、とだけ言っておきます。でも下ふたつって誰にでも当てはまりません?

最後に、

 >Rainyblueさんにとって、「恋愛」というジャンルの知識はまだまだ未開拓ではないでしょうか。

余計なお世話です。

あれ、話題を変えたのに毒っ気が消えませんでした。慣れない話題だったのがまずかったか。いつもみたいに音楽のことでもつらつら書いてりゃ良かったのにね。

ところで、日記では一人称として「私」を名乗っていますが、この一人称がしっくりくるかといえばそうでもなくて、思えばブログを始めた高2の時に背伸びして「私」と名乗り始めたときからそのままほったらかしにしてきたんだな、と今になって思い返しています。

その人の脳内イメージを具現化するのに文章(つまり文字)は最もポピュラーに用いられる手段です。読み書きさえできれば誰でも使えるし、国や地域、民族で統一された言語体系があるというのも大きいからでしょう。文字の登場以前からある絵画は、言語ほど統一された記号体系はありませんし(故に受け手によって捉えられるイメージは言語以上に異なる)、音楽も音を出すだけなら簡単ですが、「音」を記号化して表現するには音楽理論などという小難しい、いわば”外国語”を学ばなければなりません。

でも一見誰にもできそうな、言語を用いた文章でさえ、自分でも上手く書けたと思えることってほとんどありません。なんかこう、「しっくりこない」というか、「浮いている」感じとでもいうのかな。

「私」と名乗るこのRainyblueなる人格は今目の前でキーボードを叩いている誰かさんとは違うような気がするし(別に二重人格ってわけじゃないですよ)、文体にしても「です・ます体」と「だ・である体」のどちらも使いこなせているとはとても思えません。

「だ・である体」は以前ブログで使っていましたが、なんか硬いし文章に棘がある気がして、mixiを使い始めてからは基本的(小説風に書きたいときを除いて)に「です・ます体」を使っています。当ブログの記事は、そのほとんどをmixi日記と共有しているからです。

でもこの「です・ます体」、なかなかの曲者で、小学生がよく使う文体ということもあってどうしても文章が幼稚に見えてしまいます。特に同じ語尾を繰り返したときがそう(”~ました。”/”~ました。”/”~ました。”みたいに)。でも書いていると無意識のうちにそうなってしまうので、過去形と現在系を混在させたり、体言止めを使ったり、形容詞や形容動詞で終わるときは「です」を省略してみたりするわけです。文章を柔らかく見せるために話し言葉を文中に挿入することもままあります。

ああそうだ、さっきの「現在形」・「過去形」というのも正確ではなくて、日本語には「完了」と「未完了」の区別しかない、ってのが最近の学説みたいです。いや、そもそも日本語に時制はないっていう見解もあるとか。日本語って難しいですね。

話を一人称に戻すと、いまさら「僕」や「俺」にコンバートするのも妙なので、たぶんこれからも「私」を使うんだろうなと思っています。ちなみにコメント欄は別で、好き勝手書ける日記と違ってそこは友人や訪問者とのコミュニケーションの場。つまり現実世界でのパーソナリティが強く反映される場所なわけで、「俺」と名乗っている相手には「俺」、「僕」と名乗っている相手には「僕」で対応するしかありません。「日記」と堂々と謳っておきながら「そこはお前の日記帳じゃねぇんだ!」みたいな外部性があるところがブログ(あるいはmixi日記)の面白いところだと思います。

日本語の好きなところでもあり難しいところでもある一人称、個人的には「私」と「あたし」で微妙なニュアンスが使い分けられる女性がちょっと羨ましかったりします。男性が使う最もポピュラーな「僕」と「俺」とでは、その性格は大幅に異なるように思えるので。

そんなこんなで、翌朝も春眠暁に覚えさせるためにそろそろこのくらいにしておきます。春眠暁どころか昼も宵も覚えずってね。

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