青い空はポケットの中に - 映画『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』レビュー

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tokage URL 2008-08-06 Wed 02:57:45

はじめまして。
誰かのブログにコメントを落とすことがはじめてなもので、いたらぬ点はご容赦ください。
さきほどスカイ・クロラのレビューを拝見しました。情報量と分析力の鋭さに感動しました。同じ映画を見ていてもこれだけ違った感想を持つのは不思議で、楽しく読ませてもらいました。
ボクは五日のレイトショーでこの作品を見ました。忘れないうちに感想を書いておこうと走り書きになり、いい加減で感じたことばかりの内容になってしまいアテにならないと思いますが、気が向いたらブログのほうをごらんください。
では。

Rainyblue URL 2008-08-07 Thu 01:40:18

はじめまして。コメントありがとうございます。
私のこんな長いレビューを読んでくださり、大変恐縮です。
映画の面白いところは、観る者によって百人十色の解釈ができるところだと思います。これを見ることの多様性と呼ぶそうです。だから映画に批評が成り立つのだといいます。
tokageさんのブログも拝見いたしました。私よりも押井作品に詳しく(私はつい最近見始めたばかりなので)、大変参考になりました。
これからもよろしくお願いします。

tokage URL 2008-08-07 Thu 23:18:24

こちらこそよろしくお願いします。文章をまとめるのが本当にへたくそなもので申し訳ないです。
今回は意外とストレートでしたけど、やっぱり押井さんくらいひねくれた人のほうが、こちらが批評家の視点で見ていても楽しめる気がします。ただクロラの場合はターゲットを明確に若者と限定しているぶん、いくらか理解しやすかっただけで、意識の深い部分を描こうとする押井さんのスタイルに変化はなかったと思います。それまでは批評する人を食ったように迷ゼリフ迷シーンをいくつも混ぜていたのに対し、今作は落ち着いてじっくり見ればきれいにピースがかみ合うようになっているようですし、商業的にも安全な映画でした。
また長くなりそうなので今日のところは失礼します。

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映画『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』レビュー

8月2日(土)に、映画『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』を観に行ってきました。
公式サイト:http://sky.crawlers.jp/

この映画は、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995年)、『イノセンス』(2004年) などの作品で知られる、映画監督の押井守氏の最新作です。あらすじ等は上記の公式サイトでご確認ください。

場所は吉祥寺バウスシアターで16:00の回。この日は公開初日ということもあって混雑を覚悟していたのですが、客の入りは7割程で、思ったほど混んではいませんでした。ちなみに、吉祥寺バウスシアターは映画館としては狭い部類に入るかと思います。あと、客層は10代後半~30代が中心でしたが、意外に女性客が多かったような気がしました。プロモーションで「恋愛映画」というテーマを強く押し出していたためでしょうか。

以下、トピック別のレビューです。原作は未読の状態です。また、押井監督が早稲田のシンポジウムで語った内容とも照らし合わせながら考えてみたいと思います。重大なネタバレを含んでおりますので未見の方はご注意ください。

〔オープニング〕
オープニングでは川井憲次によるピアノ曲をバックに、戦闘機による空戦から始まり、タイトルバックを経て、徐々に戦闘機が高度を下げて滑走路へと着陸するシーンが描かれる。これは撃墜された戦闘機を死んだキルドレの目線から描いたシーンだという。このピアノ曲は劇中でもオルゴールが奏でる曲として繰り返し聴くことができる。映画をラストまで見ることによって、初めてこのオープニングシーンの意味が理解できるように作られれていると思う。そもそもこの映画は序盤のシーンが終盤に繋がっていくような構造をしており、後述するこの映画の円環構造とも通底するのではないだろうか。

〔空戦シーンとCG〕
戦闘機による空戦は圧巻の大迫力だ。CGに抵抗さえなければ、リアリティを感じることができるだろうし、戦闘機好きなら間違いなく画面に見入ってしまうだろう。劇中の戦闘機は全てフルCGによって描かれており、トゥーンレンダリング(3DCGを2Dアニメ風の絵にする画像処理技術)は施されていない。戦闘機の質感はかなり写実的で、空戦シーンだけを見ると実写と見まごうほど。また、空戦シーンは地上のシークエンスと交互に配置されており、メリハリのある演出が施されている。時々スロー・モーションが効果的に使われており、空戦シーンの印象を高めている。少なくとも、『イノセンス』のときにはよく聞かれた、上映中に眠ってしまうような事態はほぼ避けられるのではないだろうか。これは押井監督の言うアニメーションにおける3つのマテリアルのうち「CG」に相当する。

〔背景〕
この映画の舞台は欧州の兎離洲基地というところであるが、モデルとしてアイルランドとポーランドを設定し、ロケハンを基にして背景が描かれている。押井守の映画においては「世界観」の構築が何よりも重要であり、まずそこからスタートするというのは前の記事で述べた通り。この背景は実に写実的かつ重厚に描かれており、スタジオジブリ作品にも引けを取らないと思う。ただ、カルスト台地など、やけに荒涼としたイメージばかりが使われており、キルドレ達が暮らす地上の空虚感を表象するために一役買っている気がする。

〔動画〕
前述したリアル志向のCGや背景と比べて、動画は非常にのっぺりとした質感である。どのキャラクターデザインも非常に単純な線から構成され、輪郭線に沿ってペンキでベタ塗りしたような印象を受ける。すなわち、この映画における背景とCGは立体=3D志向なのに対して、動画は平面=2Dを志向しているといえる。少なくとも、スタジオジブリ作品のように背景と動画が違和感なく溶け込んでいる映像とは対照的で、むしろ背景・CGと動画を積極的に乖離させることを意図しているようにすら感じられる。この実にのっぺりとした、すなわち平面的な動画は好き嫌いが分かれるようで、ブログ等でこの映画の試写会のレビューを読んでみると、キャラクターデザインが気に入らないという意見が多数散見された。個人的には、キルドレの無気力・無感情な雰囲気を出すためにあえてあのようなキャラクターデザインにしたのではないかとも思う。これは押井監督の言うアニメーションにおける3つのマテリアルのうち「セル=動画」に相当する。

〔空間〕
公式パンフレットによれば、この作品の世界観について「空と地上で全く別の世界にしたい。上空は圧倒的な3Dで作りこんだ、ある意味天国のような世界。地上は2Dの、重厚な大人たちの世界」ということを押井監督はイメージしたらしい。CGと背景について比較してみると、確かに地上は重厚な背景が織り成す大人の世界、対して空は開放的で、生の情熱を感じられるキルドレの世界、という印象付けがなされているように感じられる。しかし、空が地上と比較して開放的かといえば、私は別段そうは感じなかったし、むしろ空は閉塞的であるとさえ感じられた。画面の情報量は地上と比較しても空の方が多く、そのことが空の閉塞感を高めてしまったのかもしれない。『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊2.0』を見たときにも感じたことだが、そもそも押井監督は開放的な画面作りよりも、閉塞的な画面作りで真価を発揮するタイプの映画監督なのだろう。対して宮崎駿や芝山努といった映画監督たちは開放的な画面作りを得意としているように感じられる(『紅の豚』の空戦シーン、『映画ドラえもん』のタケコプターで飛ぶシーンなど)。押井監督と同じく閉塞的な画面作りを得意とする映画監督としては、アメリカの映画監督であるオリヴァー・ストーンが挙げられる。彼は『アレキサンダー』(2004年)のクライマックスで、戦闘シーンの舞台をあえて木々の密集する森の中に設定し、しかも遠景は煙を焚いて画面を意図的に閉塞空間にしている。同時期に公開された『ロード・オブ・ザ・リング』(2001~2003年)三部作では群集シミュレーション・ソフトを使用し、上空からの大写しによる圧倒的に広大な空間で繰り広げられる戦闘シーンを映していたのとは対照的である。また、『ワールド・トレード・センター』(2006年)では、パニック映画でありながら舞台のほとんどは瓦礫の中であり、そこに埋まってしまった2人の消防士が顔だけを残しているという状態で物語が進んでいくという構成だったのも印象深い。

〔時間〕
押井監督によれば、アイルランドは体感的に日本の3~5倍の時間が流れているらしい。そこで、私は映画を見ているときに「時間」を意識するようにした。確かに、作中の時間がとてもゆっくりと進んでいるような感覚が何となくではあるが体感できた。地上の舞台は荒涼としており、余り華やかさは感じさせない。そこで、キルドレ達は現実世界たる地上で生きることを宿命づけられている。しかも、キルドレは年をとらないので、映画の冒頭からラストまで一体どれくらいの時間が過ぎたのか分からない。しかし、とてもゆっくりと進んでいるだろうというのは感覚的に理解することができた。「時間」を表現することが、押井監督の映画監督としての使命なのだという。

〔声優〕
本作のヒロインである草薙水素を演じたのは菊地凛子、主人公の函南優一を演じたのは加瀬亮である。また重要人物として、土岐野尚文を谷原章介が、三ツ矢碧を栗山千明が演じている。今回は主要登場人物4人を非職業声優の俳優が演じている。

演技が映画に溶け込んでたかといえば、菊地氏の声は少々浮いていた気がするし、加瀬氏の声は抑揚が足りなすぎるような気がした。これも、押井監督に言わせれば映画の「外部」の役割を演じてもらうためで、それで良いということらしい。演技が浮いているのはキルドレの異質性を強調するためで、演技に抑揚がないのはキルドレの無気力性・無感情性を表すためというのは何となく理解することができた。こうした演技が押井監督の意図したものであることが観客に周知徹底されていれば何の問題もないが、実際はそうではないし、この2名の演技はあまり芳しくない評判になるだろうと思う。私自身も、特に菊地氏の演技はあまり上手だとは思えない。菊地氏は、確かに2006年の映画『バベル』でアカデミー助演女優賞にノミネートされたし、聴覚障害者の女子高生という難しい役柄を演じきった彼女の功績は評価されてしかるべきだろう。しかし、彼女はあくまで言葉を発することができない役柄の演技で評価されたのであり、今回のような声だけの演技でその本領を発揮できるかは全く未知数だ。結局、菊地氏の演技は低評価にならざるを得ない。加瀬氏はよく知らないが、あの抑揚のない演技は好き嫌いが分かれるところだろう。

対して、後者2名の演技は映画の中によく溶け込んでいたと思う。谷原氏は土岐野のクールガイな雰囲気が良く出ていたし(これは谷原氏本人のキャラクター性も大きいと思うが)、栗山氏はこのまま声優でやっていけそうなくらい演技に違和感がなかった。ただし、谷原氏の演技は大人っぽすぎてキルドレらしからぬキャラクターになってしまったような気もするが。栗山氏は押井監督の個人的好みで起用したらしい。私も栗山千明は好きな女優だが、彼女はエヴァ好きを公言するほどのアニメファンとして知られており、やはりアニメに親しんでいると演技も自然と声優チックになるのだろうか。この「声優らしい」演技が押井監督の言う映画の「内部」に当たるのだろう。

〔戦闘機の意匠〕
主人公の優一たちが搭乗する戦闘機はプッシャー式、レシプロエンジンの「散香」。デザインはどことなく旧日本軍の戦闘機を思わせる。散香はプッシャー式というプロペラが後方に付いている珍しいタイプの戦闘機であり、プッシャー式戦闘機といえば旧大日本帝国海軍が太平洋戦争末期に対B-29の切り札として総力を挙げて開発した戦闘機「震電」が思い起こされる。震電は結局試作機のままで、実戦投入は間に合わずに終戦を迎えてしまった。この映画のメカニックデザイナーもドイツ軍好きの押井監督の要望でドイツ軍機っぽくデザインしたらしいが、結局震電のイメージが強く残ってしまい、結果として震電の意匠に近づいてしまったとインタビューで述べている。個人的には、旧大日本帝国海軍の戦闘機の意匠はどれも最高にかっこいいと思う(B-29の下品さに比べて、零戦のストイックな美しさは群を抜いている)。また、主人公の戦闘機は正統派の方がかっこいいという押井監督の指示により、奇抜なデザインは避けたとのこと。対して、劇中最大の敵「ティーチャー」が搭乗する戦闘機は、ターボチャージャーと、前方に二重反転式のプロペラを搭載した「スカイリィ」。映画を見ると分かるがどこか化け物じみた雰囲気が漂う禍々しいデザインで、これは英国軍機のイメージに近いといわれる。また、押井監督曰くスカイリィは前方にプロペラを搭載しており、その意匠も含めて男根の象徴ということらしい。また、プロペラ付近から弾丸を発射することが何のメタファーかはお察しの通り。つまり、スカイリィは劇中唯一の「大人」のパイロットである「ティーチャー」を表象するためのデザインだといえるだろう。劇中では戦闘機は後姿がアップになることが多いが、これは押井監督の「戦闘機は後姿が一番かっこいい」という独特なフェティシズムによるもの。ともかく全体的に戦闘機の意匠には彼の戦闘機フェチが全面に押し出されているような気がする。

〔押井監督のメッセージ?〕
押井監督によれば、この映画は多くの若者に見てもらいたくて制作したとのこと。最近彼は若者に向けた人生指南書ともいえる著書を2冊出版(『凡人として生きるということ』、『他力本願―仕事で負けない7つの力』、ともに幻冬舎刊)し、日テレやNHKに相次いで出演して若者に向けたメッセージを語っている。彼も50代後半を迎えて今の若者たちに何か言ってやりたい気持ちになったのだという。この映画の中にもそうしたメッセージを読み取ることができる ――やや遠回しではあるが。彼が言いたいのは、「人生は劇的な変化があるわけではないけど、退屈な日常の中でも昨日と明日では違う発見があるし、そんな人生も捨てたもんじゃないよ」ということだろうと個人的には思った。そうした彼のメッセージが端的に読み取れるのは、クライマックスで「ティーチャー」を撃墜することを決意した優一が発するモノローグだろう。詳細は映画を見て欲しいが、同じ日常の繰り返しの中にもささやかな違いがあるという趣旨のことを言っている。おそらく押井監督は、大仰なメッセージではなく、人生の中にあるささやかな希望を今の若者に伝えたかったのではないだろうか。

〔”キルドレ”の正体〕
キルドレという存在は、原作でも映画でもその多くは語られず、詳細は謎に包まれている。キルドレの真相の一部分は後半に碧の長台詞によって語られ、それによると、遺伝子制御の新薬を開発中に偶発的に生まれ(しかしどのようにして生まれたのかは謎のまま)、思春期の16~17歳くらいで加齢しなくなってしまう人間であるということ、上記の身体的特徴以外にも、断片的で曖昧な記憶や、無感情的な性格、頻繁に襲われるデジャヴといった特徴があるらしい。そして、キルドレ最大の謎は、彼らは戦死しても新たな肉体に個人の癖や特性、身につけた戦闘能力をそのまま引きついで生まれ変わることができるということだ。彼らが「永遠に歳を取らず、戦死しない限り死ぬこともない子供たち」と呼ばれている要因はここにある。事前情報では、彼らは唯一戦死することで死ぬことができる存在だと思っていたが、どうもそうではなく、戦死しても生まれ変わることで永遠に生き続けることを宿命づけられた存在ということらしい。こうしてみると、キルドレに与えられた運命は余りにも過酷である。彼らは本当に死ぬことが許されないのだから。そうしたキルドレの正体は、劇中で湯田川が新聞を折りたたむ癖が、湯田川の戦死後新任として配属された合田という男にも受け継がれているということ、そして主人公の優一自身も、マッチを折る癖、水素との間に感じたデジャヴといった伏線によって少しずつ語られ、エンディングまで見ることで何となくではあるが腑に落ちた感覚に浸ることができる。そして、強調しておきたいのは、キルドレの「戦死」は、映画の中では「未帰還」という状態によってのみ表象され、決して可視化されていないということである。だから彼らは本当に死んだのか、そしてどのように生まれ変わるのかといったことは映画から伺い知ることは難しい。他にも、やけに似ている水素とフーコの関係とか、母親たる整備士の笹倉と父親たる最大の敵「ティーチャー」との関連性や、カフェの前に佇む謎の老人など、暗喩じみた思わせぶりなシーンは色々あったが、1回見ただけの記憶、それにパンフレットと関連本の解説文だけではすべてを理解することは容易ではない気がする。できればもう1度見に行きたい。

〔エンディング〕
絢香が歌うテーマ曲は、ヴォーカルに力がこもりすぎていて歌詞がよく聞き取れなかった。彼女は『映画ドラえもん のび太と緑の巨人伝』のときにも主題歌を担当しており、そのときにも感じたことだが、彼女はもっとナチュラルな歌い方に徹した方が良いと思う。ところで、エンドロールで席を立ってしまう観客が2、3人いたが実にもったいない。エンディング後のラストシーンがこの映画で最も重要なシーンであると思われるからだ。映画を見ていくうちに、あの 2人のうちどちらかが死ぬという結末は予想できたが、私もエンドロールに入る前の終わり方は実にあっけなく、「え、これで終わり?」と思っていたが、ラストシーンを見ることでようやく腑に落ちたような気がした。ただ、私の中にどこかもどかしい気持ちが残っているのも事実だ。

〔恋愛映画と円環構造〕
ラストの水素の台詞によって、この映画のテーマが恋愛であることが印象付けられる。ラストに登場するヒイラギ・イサムという新任の男に対する水素の態度は、タバコ、眼鏡、表情、そして台詞など多くの要素において優一の登場シーンとは異なっている。これは、「この映画では既に恋に落ちていたことを思い出す過程を描いている」と押井監督は述べていたが、まさしくその通りで、「あなたを待っていたわ」と最後の最後に水素が発する台詞は、「あなたを愛していたことを思い出した」という水素の意思表明に違いない。そしてその「あなた」とはヒイラギという男に向けられているが、その台詞はその男はクリタ・ジンロウ、そして函南優一の生まれ変わりだということの証左でもある。エンドロールの初めにはもう一度タイトルバックが表示されるが、これでエンディングがオープニングと繋がり、この映画が終わりのない円環構造の物語であるということが分かる。しかし、終わりのない円環構造であっても、ラストにおける水素の態度に表れているように、一度として同じ日常は存在しないということを伝えたかったのかも知れない。

〔総評〕
この映画は若者に向けて作ったエンターテインメント作品ということだが、まず、若者向けということに関しては、人間関係や将来に漠然とした不安を抱えているような「悩める若者」には一定の影響力を与えたと思う。押井監督は過去にもそうした悩める若者の心理を鋭く突いたコメントを何度か残しているし(彼の発言とされる、映画『耳をすませば』についてのコメントなど)、今回もそうした若者に対するメッセージを感じることができた。私自身も「悩める若者」を自称しており、最近はまるで風船のように人生に対する不安が膨れ上がる一方で、元々アンニュイと周りからよく言われる性格の上、さらにトム・ヨークのように悩むことが趣味になりつつあるのだが、そんな私自身にとっても何か得るところがある映画だったと思う。しかし、大多数の「普通の若者」に対してはどうだろうか。彼らはこの、余りにも過酷なキルドレの運命を目の前にすることで、この映画のささやかなメッセージ性は薄らいでしまうのではないかと思う。ゆえに、「悩める若者」という限定的な範囲内ではあるが、若者に向けたメッセージを伝えることは一応成功したといえるのかもしれない。

次に、「エンターテインメント作品」という側面についてはどうだろうか。押井監督は今作で今までの演出手法を封じ、わかりやすい演出を心がけたというし、実際今までの押井作品の中では最もわかりやすい部類の作品に仕上がっていると思う。ただ、「押井節」たる長台詞や、魚眼レンズなどの実写的手法はここにも見ることができ、この映画はまぎれもない押井作品だということを証明している。確かに空戦シーンは、宮崎駿監督(彼もまた飛行機フェチである)には負けたくないと豪語しているだけあって、その言葉に恥じない迫力に仕上がっていると思う。ただ、そうしたスペクタクル性と元々の静謐で、アンニュイで、哲学的な「押井節」とが合わさることで、結果的にこの映画をエンターテインメント映画とも、通好みの難解な作品ともいえないどっちつかずな作品にしてしまっていると思う。たしかにその2つの組み合わせはメリハリの効いた演出という点においては効果的であるが・・・。公開初日の様子を見る限り、興行成績は、残念ながら宮崎監督の最新作『崖の上のポニョ』の足元にも及ばないと思う。『崖の上のポニョ』は、盆休みで実家に帰省した時に家族と見に行く予定。

したがって、決して万人にお勧めできる映画というわけではないが、今までの押井作品の中では最も客を選ばない映画だと思うし、もっと多くの人に見て欲しい。あと、公式パンフレットは詳しい解説が掲載されているのでこの映画についてもっと良く知りたいという方にはおすすめ。

〔関連記事〕
押井守監督とともに語る新作『スカイ・クロラ』のためのシンポジウム@早稲田大学大隈講堂&『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊2.0』感想メモ

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tokage URL 2008-08-06 Wed 02:57:45

はじめまして。
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Rainyblue URL 2008-08-07 Thu 01:40:18

はじめまして。コメントありがとうございます。
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tokage URL 2008-08-07 Thu 23:18:24

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今回は意外とストレートでしたけど、やっぱり押井さんくらいひねくれた人のほうが、こちらが批評家の視点で見ていても楽しめる気がします。ただクロラの場合はターゲットを明確に若者と限定しているぶん、いくらか理解しやすかっただけで、意識の深い部分を描こうとする押井さんのスタイルに変化はなかったと思います。それまでは批評する人を食ったように迷ゼリフ迷シーンをいくつも混ぜていたのに対し、今作は落ち着いてじっくり見ればきれいにピースがかみ合うようになっているようですし、商業的にも安全な映画でした。
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