青い空はポケットの中に - 2008年03月

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2008年03月 Archive

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「夢は無限 藤子・F・不二雄展」@杉並アニメーションミュージアム

fujikoten


大学に新年度講義要項やら学生証を取りに行くついでに、杉並アニメーションミュージアムまで足を運んできました。

杉並アニメーションミュージアムは、私の住んでいる駅の2駅前(定期圏内)にあり、そこからバスで7分ほどのところにあります。杉並区は手塚治虫先生の事務所があったことから、数多くのアニメ製作会社が軒を連ねていることで有名です。私が降り立った上井草駅もどうやら「アニメの街」を前面に押し出しており、商店街には様々なアニメの旗がぶら下がった街灯が並び、駅前には「機動戦士ガンダムモニュメント完成」と書かれた大きな横断幕が掲げられています。ミュージアムの入り口には看板がありますが、区民会館の3・4階を間借りしているので一瞬ここでいいのかと迷ってしまいました。向かいには大きな神社があります。

ミュージアムでは現在「夢は無限藤子・F・不二雄展」という特別展を開催しており、それを見るために足を運んだわけです。入場無料ですが、それ故規模はあまり大きくありません。館長は元トキワ荘の住人であり、「ラーメンの小池さん」のモデルとなった鈴木伸一氏が務めています。

3階の常設展示では、アニメーションの歴史と未来に関する展示と製作現場を再現した展示などがありました。ゾートロープなど、パラパラ漫画の仕組み応用したアニメーションの原理が分かる仕掛けが興味をそそりました。この仕掛けのうちのいくつかは、大学の映画の授業で見た記憶があります。

4階が「夢は無限藤子・F・不二雄展」の展示スペースに割り当てられています。ほんの1フロアだけなので、規模は大変小さいものです。藤子F先生に関する展覧会は、私が小学6年の時に横浜ランドマークで開催された「藤子・F・不二雄の世界展」を見に行った時以来なので、久しぶりに見た藤子F先生初期の作品を見て懐かしさを覚えました。藤子F先生が中学生(現在の高校生)の時に作成した「幻燈器」(スライドの一種)は、とても高校生が作ったとは思えないほどの完成度です。また、同じ頃藤子A先生と共同で執筆した肉筆同人誌「少太陽」は、完成度もさることながら読者コーナー・次号予告など、当時から徹底した商業漫画雑誌の体裁をとっており、その頃から読者を楽しませたいという藤子F先生のサービス精神が垣間見えます。その他には、初の単行本である「UTOPIA 最後の世界大戦」は、色使いが大変鮮やかで思わず読んでみたくなります。ハリウッド映画の公開より前に完成し、それを見た手塚治虫先生が嫉妬したとも伝えられる大作「ベンハー」は驚異的な完成度と言われています。また、初期の短編である「ある日本人留学生からのローマ便り」など、貴重な原稿が目白押しですが、それらの作品の多くは、初期の作品ゆえ読むことができません。それらの作品がいつか日の目を見ることを切望します。

後半の展示は、「ドラえもん」を中心に藤子F先生の半生を辿るというものでした。原稿の大半は生原稿ではなく、私も所持している「藤子・F・不二雄 複製原画集」から引っ張ってきたと思われるもので、特に目新しいものはありませんでした。

展示自体は小規模でしたが、藤子F先生の作品に触れることができたのは有意義でした。ここでは毎日アニメの上映を行っていて、昔の藤子アニメなども見られるのですが、時間が合わなかったので今回はパスしました。

バス代を節約するため、帰りは歩いて帰ったのですが、ここ最近の陽気のせいか暑くなってしまいました。季節はもう完全に春のようです。

詳細は杉並アニメーションミュージアムの公式サイトで。
杉並アニメーションミュージアム(リンク)

ドラえもん(わさドラ)「ぼく桃太郎のなんなのさ」~「のび太と緑の巨人伝」公開~

クラス旅行のため、一旦下宿先に戻ってきました。

映画ドラえもん「のび太と緑の巨人伝」が3月8日に公開されました。それを記念して、トップページの写真をしばらく映画のポスターにします。

3月7日に放送されたドラえもんは、映画公開直前1時間スペシャルでした。放送されたエピソードは”27年ぶりのリメイク”と銘打たれた「ぼく桃太郎のなんなのさ」。原作はてんとう虫コミックス第9巻に収録されています。この作品は、同じ藤子・F・不二雄作品である「ドラえもん」と「バケルくん」の合体作品として、学年誌「小学四年生」1975年9月号の誌面企画「ドラとバケルともうひとつ」にて掲載され、劇場版は1981年に公開されました。ドラえもん映画としては唯一夏休みに公開された作品です。したがって、この年は1年でドラえもん映画が2本公開されたことになります。当時はドラえもんブーム真っ只中でした。

今回わさドラでリメイクされた「ぼく桃太郎のなんなのさ」にも、映画版にも、「バケルくん」は登場しません。いろいろとややこしい大人の事情があったのでしょう。映画版は、小学生の頃図書館のAVコーナーで一度見たきりなので記憶は定かではありませんが、わさドラ版も多少気になる点があるものの、物語として筋が通った楽しめる作品になっていました。

身も蓋もない結論を言ってしまえば、この作品では桃太郎一行はのび太たち、鬼は漂着した外国人(オランダ人)ということになっています。昔話「桃太郎」は、中学時代に、老人ホームで上演するために巨大な紙芝居を作った思い出があり、思い入れの強い作品です。「桃太郎」の他には「かちかち山」も作りましたが、私は当時物語の原典に異様にこだわり、なるべく原典に近い形で収録されている本を探し出してそれを基に紙芝居を作成しました。その本の著者いわく、昔話は明治維新後、学校教育における教科書の都合に合わせるために歪曲されたそうで、実際に掲載されている昔話を見てみると、「桃太郎」は怪力だが寝てばかりのものぐさな少年(「寝太郎型桃太郎」と呼ばれている)となっています。「かちかち山」では、おばあさんはタヌキに撲殺された揚句、死体はタヌキによって”ばばじる”に調理され、おばあさんに化けたタヌキに”たぬきじる”だと騙されたおじいさんによって食べられてしまうという残酷極まりない話になっています。しかし、「桃太郎」でいえば当時の庶民が鎧兜に刀を持っている可能性は低く、「かちかち山」でいえば当時タヌキは害獣そのもので、民衆にとって憎むべき存在でした。したがって、これらの話のほうが説得力があると感じたのです。

話がそれてしまいましたが、この作品における「鬼が実は外国人だった」という設定は、実際に桃太郎や鬼が登場する話が伝承されている地方の一説として伝わっていることから、民話伝承に明るいF先生もこの伝説のうちのどれかを耳にしていた可能性があります。

さて、今回のスペシャルでは「のび太と緑の巨人伝」の予告映像も放送されました。前作「のび太の新魔界大冒険」のときも感じたのだけれど、直前スペシャルで事前に映像を流しすぎです。これで映画を見る楽しみが削がれてしまっては元も子もありません。

予告映像を見る限り、「さらばキー坊」+「のび太と雲の王国」+「緑の守り神」+「征地球論」といった感じの作品になりそうです。今回は久々のオリジナル作品であり、なおかつ渡辺歩監督作品でもあるので、期待と同じくらい不安も大きいのですが、はてさて、どうなることやら・・・。

映画は近いうちに平日の午前中を狙って見に行きます。

いきなりは変われない

  • Posted by: Rainyblue
  • 2008-03-10 Mon 13:14:45
  • Diary
「2月は逃げる」とはよく言ったもので、本当に2月は逃げるように過ぎていきました。年が明けてから、寒かったり、暖かかったり、雪が降ったり、風が強かったりと、慌しい天気が続いています。

2月中旬に実家に帰ってきて今に至るのですが、しばらくして全身の関節痛と悪寒に襲われ、医者に診てもらったところ、インフルエンザA型と診断されてしまいました。「リレンザ」なる非常に凝った造りの(リボルバー式のピストルみたい)経口吸引薬を処方されました。タミフルは上が色々とうるさくてよほどの重症でない限り処方できないみたいです。したがって、1週間以上もダウン状態。風邪をひいたこと自体数年ぶりですが、「風邪をひきに帰ってきたようなもんだね」とは母親の弁。感染源は父親の会社らしく、そこから持ち込まれた病原菌のせいで家族全員が次々にダウンする事態に。今は全員回復しましたが、こういうときに世話をしてくれる家族のありがたみがわかるというもので、下宿先では絶対に風邪をひくまいと強く思ったのでした。

2月上旬は、雪が降りしきる中友人達と下北沢に赴いたり、新サークルの発起人たちと秩父へ小旅行に行ったり、基礎演習クラスの打ち上げに行ったりと、慌しくも楽しい時間を過ごしました。

2月23日は、大学入試から丸1年。3月2日は、合格発表から丸1年。本当にあっという間に1年が過ぎていきました。大学生になってからというもの、クリエイティブな存在に強く憧れ、慣れないギターを手にしてバンドを組んだり、たくさん文章を書いてみたりと、色々と手を出してきましたが、そう簡単に上手くいくはずもなく、人間いきなりは変われないんだと実感しつつあります。ただただ何かを消費するだけではなく、何かを創造し、発信する存在になりたい。そう思うたび、作詞・作曲をしてライブハウスで精力的に活動する友人、小説が書ける友人を見るたび、何か胸に石が詰まったような、重苦しい気分に苛まれます。そうした悩みを乗り越えて、少しずつでもいいから何かを創り出せる存在になっていきたいと思います。そういえば、幼少期からずっと絵を描くことが好きだったのに、最近描いてないなあ・・・。今年こそはサークルにも入って、絵をたくさん描くぞ・・・!

3月4日はとても重要な日で、成績発表、そしてコース進級の発表日でもあります。結果としては、成績は全単位取得、コースは無事第一志望の演劇映像コース・映像系への進級が決定しました。講義科目はほとんどA以上だったのですが、語学がちょっと芳しくない成績でした・・・まあそれは置いといて、これから3年間の専攻が決まったわけですから、希望のコースに進めてひとまずほっと胸をなで下ろしています。

近況報告みたいになってしまったけれど、今日はとりあえずこのくらいで。

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